01 酷く愛されたい者と、酷く愛したい者

語り部に会いたければ、ハイネに行けばよい。
水の都ハイネには、愛を伝える語り部がいた。
語り部の話を聞きたくて、私は何度かハイネに通った。
けれど、それは語り部
「話をするよ」
と知らせてくれた時だけ。
私から語り部に用事がある時は、wisを使っていた。
直接会って話すことはできない。
語り部の瞳には力があり、面と向かうと、その魔力で取り込まれてしまいそうだから。
取り込まれずに自らの心を伝えるために、wisを送った。


(質問いいかな?)
その日もwisを送った。
(珍しいね、こんな遅くに)
すぐに返事があった。
語り部は今日もきっとハイネにいた。
(今日はずっと狩してたかな?)
(えーと、まぁ、その、あの、あれですわ)
(またナンパをしていた、と?)
(ぶ、読まれてるw)
語り部はナンパ氏の振りをするのが好きだった。
リアルでは、とても誠実な人なのに。
(誰かと話をしていた、とかはない?)
(そ、そうだねえ・・なぜだい?)
私が話しかける前まで、誰かと一緒にいたはずだ。
確信していた。
(なんとなく)
(ふむ、してたよw)
語り部も、私が気付いていると分かっている。
彼は私よりも数段勘がいい。
(その相手ってのが、哀れな男でねえ・・。
 身の上話をきーてたのさー)
(その人、○○って名前かな?)
(さあ、確かそーんなありふれた名前だったかもね。
 それより、声が弾んでないね。
 言葉も切れ切れだし)
返事が出来なかった。
語り部は気付いているのだ。
私が何故話しかけたのかを、私が直前に何をしていたのかを。
(まあ、猿芝居はさておき、どーしちゃったのさ?)
(あの人から話を聞いてない?)
(さわりだけきーたよ。
 てか、彼が脱退した時点でおかしいとは思ってたけど・・。
 喧嘩でもしたのかい?)
(喧嘩っていうか、話し合って別れた)
(ふーむ・・。
 お互い納得してるの?)
(たぶんね)
(たぶんって;;)
(気持ちとしては、お互い一緒にいたかったからね)
私には、愛する人がいた。
いつまでも一緒にいたい人。
けれど、いつも二人でいたい、と思えなかった。
愛すべき人ではあった。
大切な人でもだった。
ただ、一番愛していた人、であって、たった一人いて欲しい人、ではなかった。
その人は私を、たった一人いて欲しい人、と想ってくれていた。
その違いが、私たちを別れさせた。
相手と同じくらいに愛を注げないことを悔いていた私と、私を縛り付ける自分を嫌った相手。
お互いに愛していても、別れは訪れる。
そのことを知らされた。
(俺は、君たちがどんな関係なのか深くはわからないから恐縮なんだけど
 その辺は差し引いて聞いてみてくれないかな)
(うん)
(彼、結構自己嫌悪がおすきらしくてw
 今も、自分を嫌っていると思うんだわ。
 それは、おそらく、彼の背景から生み出されたもので
 自信のなさとか、ネガティブな思考とかの元になってると思うんだ)
語り部の声は、静かに心に入ってくる。
くしゃくしゃになっていた心が落ち着いてくるのを感じていた。
(で、そんな男ってのはね。
 彼に限らず、酷く、誰かに愛されたいものさ。
 誰も認めてくれなくても、自分が自分を嫌いでも
 たとえば、たった一人の女が自分を認めて、愛してくれると思うだけで。
 彼はきっと、今でも待ってるんだわ。
 君が帰ってくることをね。
 あいつは、俺から見ると恋愛とかへたくそで、すぐ拗ねるし、どーしもねーやつだけど
 さっきゆった所は、俺も共感できるんだよ。
 それだけに、純なやつなんだなあって思うわ)
(・・・・・)
(あいつのこと、アソビなのー?)
(違う)
愛で遊べるほど、私は大人ではない。
語り部も、分かっているはずなのだ。
私が深く特別な誰かを愛したことがないということを。
私が深く想う前に、相手は私を深く想ってくれた。
私には、その気持ちが重いのだ。
もっと愛したいのにできない自分が嫌で、相手が寂しがっているのが分かるのがとても苦しくて・・。
(私は自分のことしか愛せないのかな)
(あらあら、弱気になっちゃってw
 きっとできるよ)
語り部は愛を語った。
語り部の過去の愛物語も聞かせてくれた。
語り部が愛について自信を持って伝えられるのは、きっと深く愛したことがあるからだろう。
(恋愛の相手は生き物だからね。
 切れば血も出るし、嬉しければ喜ぶし、君によって癒されたり与えられたりするんだよ。
 俺は君の恋愛に首を突っ込んで、偉そうなこと言う趣味はないんだ。
 世界に男はいっぱーいいるし、その中で、君が愛せる男を見つけるといいと思う。
 ただ、君が自分と向き合って、そして相手とも可能性を担保したうえで
 向き合っていければなっておもうよ。
 愛情の可能性ねw)
(うん)
(一応、情報までにだけど
 彼、意地はってるみたいだけど、まってるみたいよー)
(ありがとう)
(またいつでも話においで)
語り部と話しただけでは何も解決していない。
けれど、落ち着いた。
語り部と話したことで、この後、私は相手と話をすることが出来た。
今では、以前と同じように接することが出来るようになっている。
語り部の声は心に響く。
私も深く愛する気持ちを理解できるようになりたい。