ほら、時間だよ

「あと1時間で帰さないとね」
「えー?」
「1時間半にする?」
「…帰らないといけません?」
「台風が来てるって知ってる? 新幹線止まったら帰れないでしょ」
「帰りたくな…」
「それとも、持ち帰りする?」
「はい^^」
「ふふ。って、冗談だから…」
「家に連絡しておきますね」
「…人の話聞いてる?」
「聞いていますよ。素敵な声ですね」
「話を聞け!」


半ば無理矢理帰らされて、独りになって、少し落ち着いた。
帰ってきてよかったと思った。
私の我儘が進行するのを止めてもらえてよかった。
仕事を捨てることにならなくてよかった。
風邪引きの相手の為にも別れてよかった・・。
気付いていた。
深く被った帽子を遊ぶ振りして取り上げた時、熱を測っていたんだ。
風邪は全く治っていない。
分かっていたのに、熱くなる自分を止められなくて、結局相手に帰されるまで離れられなかった。
「どうしたら冷静でいられます?」
質問する私に、相手は大笑い。
「急がなくていいんだ。
 熱くなり過ぎないようにセーブするのが、こちらの仕事。
 激しい炎は燃え尽きるのも早いもの。
 帰したのは、こちらの為でもあるんだよ。
 冷酷で飽きっぽいからさ」
貴方は私の前でそれを告げなかった。
離れてから、私が落ち着いてから、話してくださった。
帰るときは、ただ、台風のせいにした。
「どうして、きつく『帰れ』と言ってくださらないのです?
 怒って、冷たくおっしゃってくだされば、何も言わずに帰れますのに・・」
「だって、泣くやん。泣かれたら・・」
そう、貴方は許してしまう。
貴方は私が泣かないように、断る私に飴を買って食べさせた。
ベタベタの甘さが口に広がった。